2009年07月21日

「島唄」の真相・・・


『島唄』・・・曲を映像で!
http://www.youtube.com/watch?v=8exjP3DFdpM&feature=player_embedded

http://www.enoshimairuka.com/shimauta.htm より引用
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「島唄」/ THE BOOM  作詞:宮沢和史  (歌詞の意味)

でいごの花が咲き          (1945年4月1日 春が訪れ)
風を呼び 嵐が来た         (沖縄本島に米軍が上陸した)
でいごが咲き乱れ          (4月から6月)
風を呼び 嵐が来た         (米軍の侵攻が続いた)
繰り返す 哀しみは         (米軍の残酷な殺戮は)
島わたる 波のよう         (寄せては引く波の様に繰り返された)
 
ウージの森で             (サトウキビ畑で)
あなたと出会い            (出会った、あなた)
ウージの下で              (ガマ=鍾乳穴=防空壕の中で)
千代にさよなら             (永遠のお別れをした)
 
島唄よ 風にのり           (島唄よ 海の向こうの本土まで届けておくれ)
鳥と共に 海を渡れ          (亡くなった人々の魂を、沖縄の悲しみを)
島唄よ 風にのり届けておくれ    (島唄よ 海の向こうのニライカナイまで届けておくれ)
わたしぬ涙               (亡くなった人々の魂を、私の思いを)
 
でいごの花も散り           (1945年夏 たくさんの尊い命が散った)
さざ波がゆれるだけ          (今はあの悪夢が嘘のように静かだ)
ささやかな幸せは           (幸せな日々の生活は)
うたかたぬ波の花           (はかなく消え去った)
 
ウージの森で              (サトウキビ畑で)
歌った友よ                (一緒に歌い遊んだ、あなた)
ウージの下で              (防空壕で自決する前に)
八千代に別れ              (泣きながら故郷を歌った)
 
島唄よ 風に乗り           (島唄よ 風に乗って)
鳥とともに 海を渡れ         (魂と共に 海を越えて)
島唄よ 風に乗り           (あの人の居るニライカナイへ)
届けておくれ              (私の愛を届けておくれ)
私の愛を 
 
海よ
宇宙よ
神よ
命よ
このまま永遠に夕凪を        (今、あなたを思い、永遠の平和を祈る)

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宮沢和史さん本人による説明: <引用>

『島唄』は、本当はたった一人のおばあさんに聴いてもらいたくて作った歌だ。

91年冬、沖縄音楽にのめりこんでいたぼくは、沖縄の『ひめゆり平和記念資料館』を初めて訪れた。そこで『ひめゆり学徒隊』の生き残りのおばあさんに出会い、本土決戦を引き延ばすための『捨て石』とされた激しい沖縄地上戦で大勢の住民が犠牲になった事を知った。

捕虜になる事を恐れた肉親同士が互いに殺し合う。極限状況の話を聞くうちにぼくは、そんな事実も知らずに生きてきた無知な自分に怒りさえ覚えた。

資料館は自分があたかもガマ(自然洞窟)の中にいるような造りになっている。このような場所で集団自決した人々のことを思うと涙が止まらなかった。

だが、その資料館から一歩外に出ると、ウージ(さとうきび)が静かに風に揺れている。
この対比を曲にしておばあさんに聴いてもらいたいと思った。

歌詞の中に、ガマの中で自決した2人を歌った部分がある。
『ウージの森で あなたと出会い ウージの下で 千代にさよなら』という下りだ。

『島唄』はレとラがない沖縄音階で作ったが、この部分は本土で使われている音階に戻した。
2人は本土の犠牲になったのだから。

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<参考>

ニライカナイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%8A%E3%82%A4


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